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<title>たまらんれぽーと</title>
<link>http://tamaran.gunmablog.net</link>
<description>何気無く気になったものを気ままにアップします</description>
<language>ja</language>
<pubDate>Wed, 28 Nov 2007 11:25:35 +0900</pubDate>
<lastBuildDate>Tue, 01 Jul 2008 14:21:10 +0900</lastBuildDate>
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<title>ﾎﾟﾙﾄｶﾞﾙﾚﾎﾟｰﾄ34(ﾘｽﾎﾞﾝ)</title>
<description>ビカのケーブルカーを降り、そのまま坂道をテージョ川に向って下ってゆく途中、真ん中に大きなソテツのある公園を突き抜けて、その先の大きな通りに出ると、そこは７月２４日大通り。映画のそれとは違い、殺伐とした交通量の多い道。公園の脇（カイス・ド・ソロレ駅の向かい）にあるのが、リベイラ市場（別名７月２４日市場）内部は２階建てで、野菜果物・花などそれぞれが別のスペースに分かれている。朝早く～10時頃がピークと聞いていたので、閉まっているかなぁと思いながら、とにかく入ってみた。さすがに、もう閉店間際のような感じで、人は疎ら。野菜とフルーツの店の親父も、暇そうにリンゴを剥いて喰っていた。カメラを向けると、どうも「このリンゴ食べるか？」と言っているよう見える。さすがに食いかけのリンゴは遠慮したが、声かけてくれた御礼に３個買ったら、１ユーロでいいという。まずいんじゃないかと半分疑いの目をしながら、すこし小さいリンゴを受け取る。生花・日用品の市場を通り、外に出ようとすると、そこが、メインの入口だということに、いまさら気づく。エントランスにあったシンプルなクリスマスツリー自分達が入った所は、通用口だったようだ。入った瞬間、肉のニオイが漂い、やたらと床が粘っていたのでおかしいとは思ったが、市場だからこんなもんだろう　とスルーして１周してしまったが、一般人は、普通そこからは入れないそうだ。ドーム型の屋根のところがメイン入口なにか、得したような、損したようなビミョウな気分で、３人、リンゴをかじりながら、コメルシオ広場へ向う。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e16325.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Mon, 14 Jul 2008 11:32:00 +0900</pubDate>

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<title>ﾎﾟﾙﾄｶﾞﾙﾚﾎﾟｰﾄ33(ﾘｽﾎﾞﾝ)</title>
<description>ビカのケーブルカーに向かうと、丁度止まっていた。下りは乗客が少ないし、数人いる先客は高齢者。近所のじいちゃん・ばあちゃんと、観光客しか乗らない感じがする。特に下りは・・・ゆっくりだし・・・上りでさえ歩いている人がいるのに、なんだかオノボリサンっぽくて恥ずかしい。テージョ川を遠目にゆったりと進むケーブルカーは、洗濯物の壁に挟まれ下って行く。窓下に張られた紐に洗濯物が干されている。リスボンではどこに行っても目にする光景。絵葉書の中にいるような感覚と、洗濯という超日常感の狭間でどっちに浸るべきか？ごくわずか奥の方に仕舞ってある、自分の理性のようなものが見え隠れし、それを壊してショートさせないと、目に入るものが消化して行かないって事がわかる。すると、洗濯物の方がアート感があって、その家の家族構成や干し方の違いなど、いろんなことが解ってくる。リスボン洗濯物評論家ってのも悪くない。下りきって改札っぽい所を通り、外に出て振り返ると上階は住居だった。（向かって右がビッカの乗降所。左は何かの店）</description>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Wed, 02 Jul 2008 11:22:00 +0900</pubDate>

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<title>ﾎﾟﾙﾄｶﾞﾙﾚﾎﾟｰﾄ32(ﾘｽﾎﾞﾝ)</title>
<description>坂道を少し下るとシアード広場のあるガレット通りに出る。直ぐ近くに老舗のカフェ、ア・ブラジレイラがあった。重厚感あるファサードに読み易く店名が掲げられているので、直ぐに解った。20世紀を代表するリスボン生まれの詩人フェルナンド・ペソアが足繁く通った店で、外には彼のブロンズ像（少し角ばった感じ）が置かれている。店内は混んでいて、満卓でカウンターも入る隙間が無かったので、写真だけ撮って退散した。シーアード（１９８８年の大火によって一番被害が多かった、旧市街地）で建築家アルヴァロ・シザが、復興計画を手掛けているというので行ってみたが、どの建物か全く判らず、半分迷いぎみになってしまった。シアード美術館にもいってみたかったが、今回は？パスして、ロレット通りをビカのケーブルカーに向った。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e14234.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Mon, 16 Jun 2008 11:55:00 +0900</pubDate>

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<title>ﾎﾟﾙﾄｶﾞﾙﾚﾎﾟｰﾄ31(ﾘｽﾎﾞﾝ)</title>
<description>サンペドロデアルカンタラ展望台を後にし、ミゼリコルディア通りをシアード地区方面に向う。この通りを逆に上ってゆくと、最初に行ったアモレイラスタワーに行き着く。道路には路面電車の線路が通っているが、通行している様子がうかがえない。坂道を下って行くと徐々に歩道が狭くなり、建物の外壁と道路に挟まれた部分が３０センチ程になってしまい、邪魔な建物だなと思いながら正面に立つと、屋根の頂部に十字架が見える。地図を確認すると、サン・ロケ教会だった。画像右手に建物がつながっていて、かなり大きな教会に見える。この教会は、あのイエズス会のリスボン本拠地。ザビエルもここに居たのだろうか。また、日本の天正遣欧少年使節団が約１ヶ月滞在したとされている。道路計画より建物が優先されている所が、どこかの国とは違う。そのまま坂道を下って行くと、一際目立つ建物が目に入る。たぶんトリンダーデ劇場だと思うが、定かではない。なにか違うような感じがするが、他に劇場っぽい建物が見当たらず、そう信じようと決めた。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e14036.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Thu, 12 Jun 2008 11:28:00 +0900</pubDate>

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<title>ﾎﾟﾙﾄｶﾞﾙﾚﾎﾟｰﾄ30(ﾘｽﾎﾞﾝ)</title>
<description>また、ポンバル侯爵広場に戻り、メトロに乗ってレスタウドレスで降りる。（2駅目）本当は、リベルターデ大通りの大きな並木の下を歩きたかったが、時間が無さ過ぎる為断念した。リベルターデ大通りに面して建つ、ハードロックカフェ。またもやフラミンゴピンク。レスタウドレス広場にある駅の階段を登り地上に出ると、そこは国営鉄道のロッシオ駅のまん前。そこからフォス宮の前を通り過ぎ、狭い路地のような所に、リスボンに３つあるケーブルカーの１つ、グロリア線の下駅がある。聞いてはいたがやはり工事中であった。やむなくトホホと急坂を歩いて登る。同行のＢさんとＥさん　まだ登りはじめなのに、その足取りはかなり鈍い。　　　　　　　　　　　　　　　　登りきった所にある、サンペドロデアルカンタラ展望台も工事中で一番景色のいい所には立てなかった。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　展望台下にある小さな通路のような所で撮影。屋根が邪魔になる。白い屋根が、さっき見上げたロッシオ駅。その向こう側の小高い丘の上に建つのがサンジョルジェ城。このレンガ色と、ゆるやなか起伏のコントラストが見たかった。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　グロリア線の頂上にはケーブルカーが、囲いをされて置かれていた。この辺りが、映画「７月２４日通りのクリスマス」のメイン舞台になった所ではないかという、僅かな期待をもって来てみたが、的が外れた。ココではない。　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e13727.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Sat, 07 Jun 2008 11:48:00 +0900</pubDate>

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<title>ﾎﾟﾙﾄｶﾞﾙﾚﾎﾟｰﾄ29(ﾘｽﾎﾞﾝ)</title>
<description>また、ポンパル侯爵広場に戻り、今度は西に向って坂道を進む。目指すは、アモレイラスタワーコンプレックス。正方形プランの３つのオフィス棟の頂部が擬人化された表情を持つ。中央が貴婦人でその前後を中世の戦士が護衛しているイメージで設計れたといわれる。そこを足固めするかのように、１・２階がショッピングセンターになっている。フラミンゴピンクのウォールカラーがなぜかなまめかしい。センター内部は、ちょっと前のド派手なテーマパーク風で、設計者のトマス・タヴェイラは、このリスボンでこのようなド派手な建物を幾つか手がけている。ドーム型の屋根に透けて見えるのは住居棟。後で分かったことだが、私達が宿泊したアルティスパークホテルのすぐ裏手にある、丸窓が印象的な集合住宅も同じくタヴェイラの設計。もしかしたらオライアス駅のド派手さもタヴェイラなのかもしれない。（くすんだオレンジの色使いが、やや確信に近い）。アモレイラスを出て正面を見ると、向かい側のビルの鏡面ガラスが反射し、右のビルがマダラ模様になって見える。まだ１０時すぎだというのに、こんなのをまともにくらったのでは、中にいるのも嫌になりそうと思うが、毎日なら慣れるのかもしれないし、　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　まぁ捉え方によっては、電気代の節約になるかもしれない。2方向から太陽光が入ってくるのだから？</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e13461.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Tue, 03 Jun 2008 10:54:00 +0900</pubDate>

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<title>ﾎﾟﾙﾄｶﾞﾙﾚﾎﾟｰﾄ28(ﾘｽﾎﾞﾝ)</title>
<description>ポンバル侯爵広場から、北に隣接するエドゥアルド７世公園に入り、坂道を登って行き振り返ると、絶景が現れる。先程見たポンバル侯爵像が、ライオンを従え塔の上に鎮座し、その向こうにはリベルターデ大通りの街路樹の緑が、乾いた都市に潤いを与えるかのように輝き、バイシャ地区の喧騒の向こうには、ゆったりと流れる海のようなテージョ川が白く光って見える。この街は、最初のポイントから想像以上に楽しませてくれる、素晴らしい街だ。そして更に上ってゆくと、フランス式庭園（この公園の名主エドゥアルド７世がこの地に　来訪した記念に造られた）のキッチリとしたグリーンの幾何学的模様が、永遠に続いているかのような錯覚に捉われ、リピートを繰り返して遠近感を絞って見せてくれる。緑の模様を上がりきると、大きなポルトガル国旗が、太陽の光と共に風にはためき、今リスボンに居ることを実感させてくれる。つい３０分程前の自己嫌悪など無かったかのような爽快感で全身が満たされる。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e13246.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Fri, 30 May 2008 21:24:52 +0900</pubDate>

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<title>ﾎﾟﾙﾄｶﾞﾙﾚﾎﾟｰﾄ27(ﾘｽﾎﾞﾝ)</title>
<description>2006/12/11ポルトガルに来てからずっと、パンの種類の豊富さに、気持ち良さを与えられていた感じだったが、このホテルは朝食のパンの種類が少なく、ちょっとガッカリ。また、この国独特の甘いパン（菓子パン？）には、朝だけに手が向こうとしない。ここには画像がないが、ベーコンエッグとヨーグルトをサッと食べると、パンをもう一つかじりながら部屋へ戻り、出かける準備。昨日と同じく、メトロのオライアス駅からオリエンテ線に乗り、ひと駅だけで終点アラメダ。カラヴェラ線に乗換えバイシャ・シアード駅まで。今度はカイヴォタ線でマルケス・デ・ポンバルで降りる。途中、仲間の何人かと一緒になり、今日の予定などを聞いてみたら、ＥＵ最西端のロカ岬に、列車で行ってみるという人がいた。市街地には目もくれず、「たった一点の場所に立てればいい」という話に、なんだかこちらが妙にショボク感じられ、これから待ち受ける坂道との戦いに、早くも戦意喪失ぎみになる。なにはともあれ、地上に上がるとそこはポンバル侯爵広場。ポンバル侯爵の像が建ち、それを中心にして円形にロータリー。そこに５～６本もの道が接続している。行く手には既になだらかな坂道が控えている。気が滅入りそうになるのを抑え、リスボンの坂への一歩を踏み出した。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e13060.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Wed, 28 May 2008 11:44:24 +0900</pubDate>

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<title>ﾎﾟﾙﾄｶﾞﾙﾚﾎﾟｰﾄ26(ﾘｽﾎﾞﾝ)</title>
<description>魚介ディナーのあと、ゆっくりとしてる間もなく、繁華街とされているバイシャ地区に向かいヴァスコ・ダ・ガマ・ショッピングセンターを後にしようとしたが、上から見た吹抜けにハッとさせられ足を止めた。入った時は、飯のことしか頭に無く、気づかなかったのか、意外にいい雰囲気で、手すりにもたれるのはカップルばかり。ん～ここはながいするところじゃない、とまた、地下鉄の駅に向った。オリエンテ線のオリエンテ駅から終点のアラメダでカラヴェラ線に乗り換え、バイシャ・シアードで降りた。まず、コメルシオ広場に立つ、ＥＵで一番高いクリスマスツリーを見る。明るいうちに見るのとは違って、より巨大な感じがするが、何か人工的で微妙なツリー。高さ７５ｍ・２４０万個の電球を使った名物ツリーも、一度見たらもういいかなって感じで、さっさとその場を離れ、バイシャの商店街へ。ツリーを見た位置から振り返り、少し歩くとすぐにバイシャの入り口に建つ勝利のアーチ（門）が、ライトアップされいい感じに浮かび上がっている。明日じっくりとこの辺りを回るので、ススーッと足早に通りを横切り、ロッシオから地下鉄に乗り、ホテルへ帰った。あっちなみにヴァスコ・ダ・ガマ・ショッピングセンター内はこんな感じ。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e12747.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Fri, 23 May 2008 21:16:42 +0900</pubDate>

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<title>ﾎﾟﾙﾄｶﾞﾙﾚﾎﾟｰﾄ25(ﾘｽﾎﾞﾝ)</title>
<description>バスから見て衝撃を受けたオリエンテ駅でメトロを降り(終点）、とりあえず腹ごしらえ　と、駅とデッキでつながるヴァスコ・ダ・ガマ・ショッピングセンターに入り、魚介類の食べられる店を探す。センター内はとても混んでいて、案内表示もポルトガル語がほとんどなため、なかなか見つからない。しばらく歩き回っていると、どこからかガーリック系のいいニオイが漂ってくる。建物の中心部は吹抜けになっていたため、そのニオイの元のエリアをある程度予想し、エスカレーターで上に向った。すると一角だけ数店のレストラン街になっていて、その中に１つだけエビや貝などの魚介類をショーウィンドウにならべている店があったので、迷わず入店。店員に案内され奥のほうのテーブル席につくと、向かい側の席に日本人がいた。よく見ると、ホテルで待ち合わせしていたのに、先に行ってしまったヤツらだった。あまりに驚き、眼を合わせると言葉がでず、お互いに指差しあって口をアングリ状態。嫌味をひとつ・ふたつ並べると、手を合わせてあやまるばかり。すると急に、ご機嫌とりが始まり、バイキングにすると肉がかなり食えるよ、とか、聞いてもいないのに、店案内をしだしたので、そんなもの食いに来たんではないと一蹴。とはいえ、メニューがチンプンカンプン・全く意味不明。仕方なくガイドブックを取り出し、魚介類の単語を調べ、カマラゥン（えび）・シリ（かに）・マリスコス（貝）の文字が書かれている料理を幾つかリストアップし、店員を呼び、ジャスチャーでどんなものか聞くと、両手で肩幅くらいの円をかいたので、これは盛り合わせの大皿だな　と見当をつけ、それと、タコのオリーヴオイルなんとか　というのをパン・ビールと一緒に注文した。出てくるとその異常な山盛りに、周りにいるポルトガル人もビックリして覗きに来る始末。軽く塩味がきいたボイル盛りは、単純なのに旨かった。でも、エビの量が多すぎて、全部食べ切れなかったのが、すこし残念。（エビが山になってるのを　だいぶ食べてしまったあとの画像になってしまった）カニ足は写真下に白く見える、プラスチックっぽいマナ板風の台の上でかなづちで割る。控えめだと割れないので、思い切って打つと、すごい音がして、回りの強烈な視線を感じる。しかし、３回目くらいからは、どうでもよくなった。この皿だけで7000円くらい。他の料理・飲み物合わせても、一人3500円くらい×４人であがった。満腹になった後で、タコが出てきたが、やわらかく煮すぎてあってタコの食感がなく、塩っぽくて不味かった。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e12288.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Sun, 18 May 2008 11:13:00 +0900</pubDate>

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<title>ポルトガルレポート２４（リスボン）</title>
<description>今日の宿泊ホテルはメトロ（地下鉄）のオリエンテ線オライアス駅すぐそばに建つアルティスパークホテル。ホテル到着後チェックイン。フロントの脇に、見覚えのあるスーツケースが一つだけポツンと置かれている。リスボン到着前にツアコンからささやかれた通りに、自分のだけ先に届いていた。みんなの手前、どんなリアクションをしていいのかと、居心地の悪さを感じる。まぁ、他の人のものも、朝までには届くということなので、とりあえずはよかった。このまま行方不明にでもなったら、面倒なことになるのが目に見えている訳だし、とにかく、残り少ないリスボンの滞在時間を目一杯堪能できるよう、気合を入れるだけだ。何人かと夜の行動の打合せをし、フロントでの待ち合わせを確認した後部屋へ上がる。まずはスーツケースの中身を確認し、ＯＫとツアコンに連絡しそろそろ出かけようとするも、同室のＥさんが洗面から出てこない。待ち合わせ時間になるまで待ったが、相変わらず出てこないので声を掛けると、もうちょっと待ってくれとのこと。仕方なく待つこと１５分。やっと出てきたＥさんは、かなり青ざめた顔で、腹にきたらしい。急いで降りて、フロント周りに目を配っても誰もいない。携帯に連絡するともうメトロに乗ってるらしい。ってことは少しも待たずに出て行ったってことか？んーっ冷たいヤツラだ。あとで仕返しをしてやろう！気持ちを切り替え、メトロのオライアス駅に入ると、なんとド派手な駅だこと。めちゃくちゃな色使いに、目がチカチカする。遊園地っぽくもある。なんとか切符を買い、さっきバスで見た、この路線の終点でもあるオリエンテ駅に向う。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e12113.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Thu, 15 May 2008 11:28:00 +0900</pubDate>

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<title>ポルトガルレポート２３(ﾘｽﾎﾞﾝ）</title>
<description>テージョ川沿いの7月24日通りは、ﾛｶ岬方面へ向う列車が発着するｶｲｽ･ﾄﾞ･ｿﾄﾞﾚ駅でﾘﾍﾞｲﾗ･ﾀﾞｽﾅｳｽ通りに変わり、周囲を公官庁で囲まれたコメルシオ広場に続く。そこでテージョ川の川幅は一気に広がり河口から海に出たような気になってしまうが、実際は内陸側となっているため方向感覚がおかしくなる。コメルシオ広場のあるバイシャ地区は、バイロアルト地区と、アルファマ地区といった小高い場所に挟まれた格好になっている。（バイシャとは低い土地という意味）碁盤の目のようなバイシャを一巡し、テージョ川沿いを北上すると、リスボン特急で有名な、ｻﾝﾀ･ｱﾎﾟﾛｰﾆｬ駅が見えてくる。ﾏﾄﾞﾘｯﾄﾞやﾊﾟﾘとをつなぐ国際列車が発着する駅で、パリへの所要時間は26時間。そのままﾅｼｮﾅﾙﾊﾟｰｸ（万博跡地）方面へ向うと、対岸の見えなくなったテージョ川に、等間隔につながった白い灯りが現れてくる。万博開催に合わせて造られた、全長17kmのｳﾞｧｽｺ･ﾀﾞ･ｶﾞﾏ橋だ。日の暮れた川面に浮かぶ、小さな灯りがとても幻想的に見える。ﾅｼｮﾅﾙﾊﾟｰｸの周辺は、万博開催後ｵﾌｨｽﾋﾞﾙやﾏﾝｼｮﾝが立並び、小奇麗な場所へと再開発が成されていた。また、中心にあるオリエント駅は、たしかNISSANフーガのＣＭに使われたところ。駅舎は、橋の巨匠といわれるｻﾝﾃｨｱｺﾞ・ｶﾗﾄﾗﾊﾞの設計で、異次元空間にいるのかと錯覚を起こしてしまいそうな屋根構造のﾊﾞｽﾀｰﾐﾅﾙと、光に浮かぶ宇宙船を思わせる駅舎が一体となり、生き物のようなその構造体の美しさが、ライトアップにより、より繊細さが強調されて目に映る。バスから見るこの駅舎にド肝を抜かれ、また、ホームから見上げてみたい衝動にかられ、今夜のファドを諦め、ホテルに着いたらすぐ、メトロでここまで来ようと決めた。バスの進路</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e11611.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Wed, 07 May 2008 11:08:35 +0900</pubDate>

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<title>ポルトガルレポート２２（リスボン）</title>
<description>シントラを後にし、バスが向うのはこの旅の最終宿泊地リスボン。リスボン市内に入る前、ツアコンから荷物の説明があり、今夜には、全員のスーツケースが届くらしい。それにしてもポルトガル航空はひどすぎる。もう明日日本に帰るという日の前夜に届いても、その荷物はほとんど機能していない訳で、そのまま成田に送り返してもらってもいいくらい無用のものになってしまった。しかし、この説明を誰も信じていないことの方が面白い。航空会社のずぼらさに慣れてしまい、あんまりのことでも驚かなくなってしまっている。皆、こういうことを経験して、旅慣れてゆくのだろうか。今後の旅行はこれまでより確実に手荷物が少なくなるだろうと思う。荷物なんかなくても、十分旅できることを身をもって知ってしまったのだから。バスはリスボン市内に入り、ヘステージョ（高級住宅地）を抜け、テージョ川方向に向う。まずはベレンの塔が視界に入ってくる。16世紀のヴァスコ・ダ・ガマ時代に海賊を監視するためにつくられた塔。ジェロニモス修道院・発見のモニュメントを通り過ぎ、テージョ川沿いを中心部に向って進むと4月25日橋が間近に迫ってくる。ＥＵで一番長いつり橋。そしてついに7月24日通りをバスは走る。この旅が決まってすぐに、映画『7月24日通りのクリスマス』を見た。中谷美紀と大沢たかおの一風変わった妄想ﾗﾌﾞコメで、自分の住む長崎の街をリスボンだと妄想しながら、「自分だけの王子様ランキング」　などをつけながら暮らしている地味なＯＬ（中谷美紀）が自分の中だけで、長崎西通りをリスボンの7月24日通りに置き換えて、素敵な妄想を楽しんでいた。映画のその通りは、ゆるやかな起伏のある傾斜地に、肩を揃えるテラコッタが青空にはえ、レトロな路面電車の走るのんびりとした雰囲気の通りだった。しかし、実際の通りはなんだか殺風景な趣のない交通量の激しい道だった。まったく違う場所でのロケだったんだと気づく。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e11452.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Sun, 04 May 2008 10:48:00 +0900</pubDate>

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<title>ポルトガルレポート２１（シントラ）</title>
<description>オビドスをあとにし、向ったのはシントラ（Sintra）時間の都合で、王宮だけの見学となるが、ほんとうはペナ宮にも行ってみたい。バスは手前の坂道に路上駐車し、そこから徒歩で王宮に向う。王宮に向かい合った山の上には、ムーア人の城壁がそびえ立つ。時間があれば、そこからまだ緑濃いシントラの街を見下ろし、上からの王宮も眺めて見たかったが、仕方ない。シントラは、リスボンから電車で１時間弱のところにあり、かつては、王族、貴族、詩人、芸術家たちが、好んで過ごした避暑地。そのため市内にも多種多様の建築物が存在し、２日くらいかけてゆっくり訪れたい場所だと思う。またこの王宮は、周辺のシントラ・カスカイス自然公園と共に、世界遺産に登録されている王宮内は撮影禁止。正面玄関から入り、階段を上がると王宮最大の部屋・白鳥の間がある。今でも、なにかの行事の時には、この部屋が使われることがあるとのこと。当時、冷蔵庫がわりだった中庭の洞窟や、幾何学的な模様のタイルをあしらった、アラブの部屋などを通り過ぎ、最後に巨大空間の厨房にたどり着く。２つの大きな円錐型の煙突は、この厨房から突き出ている。いったい一度に何人の料理を作っていたのだろうか。小さな体育館のような広さがある。王宮前の横断歩道をゆったりと、斜めに横断する手をつないだカップルがなぜか印象的だった。この街からもうすこし西に行くと、ヨーロッパ最西端のロカ岬。そう聞くと、そんな所にまで来てしまったのかという驚きと、日常から脱する事のできない気持ちの双方が混ざり合い、違う次元にいるような違和感が、一瞬よぎった。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e10444.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Thu, 01 May 2008 11:18:00 +0900</pubDate>

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<title>ポルトガルレポート２０（オビドス）</title>
<description>この街で各自昼飯をとることを思い出し、カフェを幾つか見て廻るが、どこも満卓で入る余地がない。待ち時間を聞くと30分だという。ポルトガル時間はおそらく倍はみないとなので、1時間だと、集合時間に間に合わない。ゆったりとした昼食は諦め、立ち食いでも座り食いでもなんでもいいや、ってことになり、バール（ＢＡＲ）のようなパステラリア（ケーキや菓子が食べられるカフェ、日本の甘味処のような感じ）に入り、缶紅茶2本とポルトガル菓子を買い、修道院脇の石段に腰掛け座り食いを始めた。右の大きいのがパスティシュ・デ・ナタ（Pasteis　de　Nata）カスタードクリームタルトの焼き菓子。どこでも見かけるポピュラーな菓子。あとはチーズタルトとオレンジクリームタルト。歩き疲れた為、1本目のレモンティーはほとんどイッキに飲み干し、それからナタから食べ始めた。ちょっとこげすぎ感もあったが、意外と甘さ抑え目で旨かった。しかし、チーズとオレンジは、どちらもかなり甘目で、選択を誤ったと後悔するが、意地でたいらげた。すると、向かいの教会から人がぞろぞろ出てきた。ミサでも終わった後なのだろうか？集合場所のカフェ前には、既にほとんどの人が集まり、中にはビカを飲んでくつろいでる人もいた。あ～あ、早めに来てここで昼飯にすれば良かったと思うが、あとの祭り。駐車場近くの売店前でこの季節の名物、焼き栗のスタンドが目に入ったので、すぐに歩み寄り一袋買った。クレープの形のように逆円すい形の袋に入った栗は、上にすこし空きがある。「Ｏｈ　もっと　タント　タント」　とねだると、5個位追加で入れてくれた。タント＝たくさん　わざと日本語っぽく言ってみたら、意外と通じるもんだなっていうことがわかった。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e9510.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Mon, 28 Apr 2008 11:23:00 +0900</pubDate>

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<title>ポルトガルレポート１９（オビドス）</title>
<description>オビドスではほとんどの建物が白壁で12月だというのに、ブーゲンビリアをはじめとする可愛い花で、窓辺が飾られていた。この城壁に囲まれた中だけは、まるで地中海沿岸のリゾートにでもいるようだ。街の中央に位置するサンタマリア教会前のサンタマリア広場には、大きなテントが張られ、その周りに人だかりができていた。そこを覗いてみると、３０ｍ四方ほどのスペースで臨時スケートリンクだった。滑っている人よりも外野の方が一際多く、なにかへんな感じだった。オビドスの近くにカルダス・ダ・ライーニャという温泉町があり、そこは、陶器でも名の知れた場所だということをツアコンに聞き、そうした物のお土産品があるようなので、幾つかの店を廻り物色してみたが、買おうと思えるものは見当たらなかった。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e9488.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Sun, 27 Apr 2008 11:11:00 +0900</pubDate>

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<title>ポルトガルレポート１８</title>
<description>オビドスは城壁に囲まれた街で、街の入り口にあるポルタ・ダ・ヴィラ（門）から入って行く。この門の通路は、ジグザグな鍵型になっていて、敵の侵入を困難にするための対策がとられている。内部はドーム型になっている部分に、１８世紀のアズレージョ(絵タイル）が施され、訪れる旅人を歓迎しているかのようだ。また、この門自体の１部は小さな教会になっている。門の脇に石の階段があり、城壁に登ると街全体を見渡すことができる。城壁は全長１．５ｋｍあり、ぐるっと１周できるが、時間的な制約があるため、断念した。この門からＶ字に２本の道が街に延び、白い壁に青や黄色の縁取りがされた家や、民芸品店・カフェなどが立並ぶ通りをゆったりと散歩できる。門から見て左側がディレイタ通りで、こちらがメイン。そのまま進むとサンティアゴ教会に突き当たり、回り込むと、逆にこの右側の道に戻ってこれる。人出がわりと多く、狭い通りはすれ違うのも気を使う。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e8818.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Wed, 16 Apr 2008 10:53:00 +0900</pubDate>

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<title>ポルトガルレポート１７</title>
<description>モンサントを下り、畑や雑木林を抜けて行くと、コルク樫の林が現れる。ポルトガルは世界第一位のコルク生産量を誇り、特にアレンテージョ地方が主産地。コルク樫はソブレーロと呼ばれ、初夏に手作業で皮をはぎ（１本の木を９年毎）、一旦自然乾燥させ、それから熱湯で煮て、再度乾燥させる。まず、コルク栓などを先につくり、クズはコルクボードなどを作製するため、ほとんど無駄がでない。全世界のコルク流通量の８０％はポルトガル産といわれている。これほど独占的な事業でありながら、生産者はあまり報われていないようだ。アモリングループという財閥が仕切っているため、利益のほとんどを持って行かれてしまうらしい。一方、オリーブはそろそろ収穫期をむかえているようだが、枯れてしまっている木が目立つ。もともとポルトガル北部地方は、林業や製紙業が盛んであったが、伐採を急に進めたため、原料不足に陥り、成長の早いユーカリの木を植林していった。７年で良質な紙の原料となるユーカリは、これほど利用価値の高い木はないと、多くの林業家がこぞって植林したが、山火事も多いため、一旦火がつくと油分を多く持つユーカリは、途端に燃え広がってしまうという、消極的にならざるを得ない要素を持ち合わせていることに、あとで気づいたという。枯れたオリーブの木の周辺で、新たに植林されているユーカリを見かける。成長の早いユーカリは、あたりの養分を吸上げ尽くしてしまう特性があるらしく、この地の生態系が崩れていかないのかと心配になる。また伐採期を迎えても放置されてしまえば、どれだけの枯れ地になってしまうのか想像に耐えない。日本の杉のようにもならないといいのだが・・・</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e8765.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Tue, 15 Apr 2008 11:48:00 +0900</pubDate>

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<title>ポルトガルレポート１６（モンサント）</title>
<description>この城壁があったころ、当然この場所に城があったわけだが、一度もおとされたことのない城、ということでその名を馳せていたらしい。毎年5月に行われる祭り、フェスタ・ダス・クルーセス　では、城壁から植木鉢を投げ落とす。これはその昔、周囲を敵軍に囲まれた時に、まだ十分食料があるということを敵に見せつける為子牛を投げ落としたとされ、それにちなんで毎年開催されているとの事。苔むした岩や、廃墟となった住居に囲まれた石畳を下る。大きな岩の間のほんの２メートル位のスペースに石を積み、屋根を葺き、家になっている。この家は現在も住んでいて、奥に行くに従って扇型に広くなり、中は2層になっているらしい。こいした形の家を造るという行為が、下からの攻撃から逃れるものらしいことは、なんとなく想像がついたが、住み辛いことこの上ないと思われる。途中、廃墟となった家に顔を突っ込んだが、意外と暖かかった。岩が、太陽熱を蓄熱し、夜間でもその熱がじわじわとその暖かさを保つらしい。環境特性を上手く利用した、蓄熱暖房はゼロエネを実現していたのだろうか？モンサントの家の基本形は、下層が家畜・上層が住居とされ、そのままの形で住まわれている家が数軒あり、小窓から子豚が顔を出していた。宿泊したポザーダ近くのマトリス教会。入口の重厚な木製扉上の丸窓が印象的で、排水目皿のよう。城壁の上り下りでかなり時間を使ってしまったため、朝食は、パンとスクランブルエッグを流し込み、コーヒー１杯飲干すとすぐにバスに乗り込み、モンサントにさよなら。うねった坂道を下りながら、モンサントを仰ぎ見ると、ルカーノ塔の上の鶏が朝日に輝き、金色に反射していた。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e8665.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Mon, 14 Apr 2008 11:26:32 +0900</pubDate>

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<title>ポルトガルレポート１５（モンサント）</title>
<description>朝日のあたらぬ家朝日のあたる城壁。内側からはたいした高さではないと思って登ると、城壁の外側は、絶壁のように感じるほどの高低さがある。この場所、この時間に、ここにいることの、なにか達成感のような、爽やかなオレンジがかった風に包まれているような、そんな錯覚にとらわれ、至福のときを過ごす。眼下にはモンサントの村が、岩にへばりつくように、おしくら饅頭っぽくギュッと詰って見え、ミゼリコルディア教会裏のルカーノ塔のテッペンの鶏が、一際その高さを誇って見える。ここモンサントは１９４０年に”もっともポルトガルらしい村”として選定され観光地化され始めたが、他の観光地からは、かなりポツンと離れている場所であるため、一般的なツアーでは、なかなか来ることができないと、ツアコンがいっていた。自然の岩を巧みに利用し、一見押し潰されているのかと、勘違いしそうな異様な家づくりは、この地の歴史的ありようを物語っている。しかし最盛期には3000人が居住していたこの村も、現在では200人程度の人口でしかない。</description>
<link>http://tamaran.gunmablog.net/e8506.html</link>
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<category>ポルトガルレポート</category>
<pubDate>Sat, 12 Apr 2008 10:02:00 +0900</pubDate>

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