2008年01月12日
スペインレポート4(ビルバオ)
そしていよいよグッケンハイム美術館へ

ネルビオン川岸からの
グッケンハイム美術館
フランク・O・ゲイリー設計
工業中心のビルバオの街が衰退し誰もが手をこまねいていた。
様々な再興へのアプローチがある中、商業的な選択でなく、文化を中心とした再開発プロジェクトが組まれ、その中心として、このグッケンハイムが建てられた。
現在でも2匹目・3匹目のドジョウを狙い、さらなる文化プロジェクトが行われている。



植物と花でかたどられた
ねこの背中
エントランスへと続く広場に立つ
大雨の中ようやくエントランスにたどり着き入館。
最初に目に入ったのが、マトリックスのように文字が流れる電光表示のアート。目が回る。
展示物は20世紀のポップアートが中心のようだったが、その中に、フランク・ロイド・ライトの落水荘(Falling Water)の模型があった。
見た事のある作品を見つけるのは、棒アイスの当りが出た時のように嬉しいものです。
また、なぜか自由が丘の踏切周辺を撮った写真が展示してあった。整然とし、無駄な物がないというビルバオ市内の印象とは対照的に、サラ金やパチンコ等の看板が乱立し、中でも飲み物の自販機が景観を崩している元凶だと感じた。
こうして遠くから日本を見て初めて気づく違和感は、故郷として大目に見ても、ひどく情けないものだった。
当たり前すぎて感じ取る事のできなった、大切な感覚をビルバオに来た事により、より客観的に捉えられたのは収穫だと思う。
しかし、あのフォトグラフィーは何を訴えていたのだろうか?
日本に来たことのない外国人は、グズグズでガチャガチャの日本をイメージせざるを得ないだろう。
ところで、ビルバオを訪れる大きな目的であったグッケンハイムは、度肝を抜かれる外観よりも、内部空間がとても心地よく、印象に残った。
チタン製の外装が鋭利でもあり、異常なほどのフォルムは、ノッペリとし魚の鱗のようで、また、ハリボテってる感じであるのに対し、内部のその曲線は、シルクのように優しく、なんとなく穏やかな空気に包まれている自分を感じていたからだ。
内部は撮影不可のため、手荷物を指定されたロッカーに預けさせられるなど、チェックは厳重。
そのため画像を残せなかったのが、ちょっと残念。

グッケンハイム美術館のエントランス下を通り抜ける路面電車の線路
ビルバオのもう一つの顔は、キリスト教三大聖地である“サンティアゴ・デ・コンポステーラ”への巡礼の道(海岸ルート)の中継地であったこと。しかし当時の中心地(旧市街地)は車窓から眺めただけで、大聖堂さえ見ることができなかった。
またちょっと変わっているのが、ビルバオの国鉄駅(国鉄=レンフェ/アバンド駅)は駅舎が2つに分かれていて、北に向かう駅と南に向かう駅とは、その駅舎が異なっている。日本では考えられないことだ。

ネルビオン川岸からの
グッケンハイム美術館
フランク・O・ゲイリー設計
工業中心のビルバオの街が衰退し誰もが手をこまねいていた。
様々な再興へのアプローチがある中、商業的な選択でなく、文化を中心とした再開発プロジェクトが組まれ、その中心として、このグッケンハイムが建てられた。
現在でも2匹目・3匹目のドジョウを狙い、さらなる文化プロジェクトが行われている。


植物と花でかたどられた
ねこの背中
エントランスへと続く広場に立つ
大雨の中ようやくエントランスにたどり着き入館。
最初に目に入ったのが、マトリックスのように文字が流れる電光表示のアート。目が回る。
展示物は20世紀のポップアートが中心のようだったが、その中に、フランク・ロイド・ライトの落水荘(Falling Water)の模型があった。
見た事のある作品を見つけるのは、棒アイスの当りが出た時のように嬉しいものです。
また、なぜか自由が丘の踏切周辺を撮った写真が展示してあった。整然とし、無駄な物がないというビルバオ市内の印象とは対照的に、サラ金やパチンコ等の看板が乱立し、中でも飲み物の自販機が景観を崩している元凶だと感じた。
こうして遠くから日本を見て初めて気づく違和感は、故郷として大目に見ても、ひどく情けないものだった。
当たり前すぎて感じ取る事のできなった、大切な感覚をビルバオに来た事により、より客観的に捉えられたのは収穫だと思う。
しかし、あのフォトグラフィーは何を訴えていたのだろうか?
日本に来たことのない外国人は、グズグズでガチャガチャの日本をイメージせざるを得ないだろう。
ところで、ビルバオを訪れる大きな目的であったグッケンハイムは、度肝を抜かれる外観よりも、内部空間がとても心地よく、印象に残った。
チタン製の外装が鋭利でもあり、異常なほどのフォルムは、ノッペリとし魚の鱗のようで、また、ハリボテってる感じであるのに対し、内部のその曲線は、シルクのように優しく、なんとなく穏やかな空気に包まれている自分を感じていたからだ。
内部は撮影不可のため、手荷物を指定されたロッカーに預けさせられるなど、チェックは厳重。
そのため画像を残せなかったのが、ちょっと残念。

グッケンハイム美術館のエントランス下を通り抜ける路面電車の線路
ビルバオのもう一つの顔は、キリスト教三大聖地である“サンティアゴ・デ・コンポステーラ”への巡礼の道(海岸ルート)の中継地であったこと。しかし当時の中心地(旧市街地)は車窓から眺めただけで、大聖堂さえ見ることができなかった。
またちょっと変わっているのが、ビルバオの国鉄駅(国鉄=レンフェ/アバンド駅)は駅舎が2つに分かれていて、北に向かう駅と南に向かう駅とは、その駅舎が異なっている。日本では考えられないことだ。
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この記事へのコメント
フランクゲーリーは、いつもぐにゃぐにゃしたのを設計していて、
すごいなーと思っています。
どんな図面を書いているんだろう・・・と心配になります。
すごいなーと思っています。
どんな図面を書いているんだろう・・・と心配になります。
Posted by いぬくまごろう at 2008年01月13日 11:29
いぬくまごろうさんへ
ほんとですね。
どうしたらこんな発想が湧出てくるのか、凡人には異次元の世界です。
ほんとですね。
どうしたらこんな発想が湧出てくるのか、凡人には異次元の世界です。
Posted by たまらん at 2008年01月13日 13:46
たまらん様
私は建築の世界で生きていますが、
たまらんさんも同じですか?
設計者が何を考えたかというのには、
興味があります。
私は建築の世界で生きていますが、
たまらんさんも同じですか?
設計者が何を考えたかというのには、
興味があります。
Posted by いぬくまごろう at 2008年01月13日 16:13
いぬくまごろうさんへ
広い意味では建築に携わる人間のひとりですが、設計者ではありません。ただ建物やそれを取り囲む環境を見たり、知ったりするのは古い・新しいを問わず、とても好きです。
いろいろな、ご意見・情報を頂ければ、ありがたいです。よろしくお願いします。
広い意味では建築に携わる人間のひとりですが、設計者ではありません。ただ建物やそれを取り囲む環境を見たり、知ったりするのは古い・新しいを問わず、とても好きです。
いろいろな、ご意見・情報を頂ければ、ありがたいです。よろしくお願いします。
Posted by たまらん at 2008年01月13日 18:51
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