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2008年01月31日

スペインレポート14(マドリッド)

昼食後も、車窓から市内の有名建築物を見学。
途中、ベルナベウスタジアムに寄る。
銀河系集団レアルマドリッドのホーム



道路は大渋滞で予定を大幅に遅れホテルに到着。
ホテルプラガ(HOTEL PRAGA)
メトロ(地下鉄)の最寄り駅はマルケス・デ・ヴァディーロ(Marques de vadillo)徒歩10分位。

早速街にくり出す。足はメトロ。ガイドのミキタさんに切符の買い方とある程度の地理だけ教えてもらった。
とりあえず三越へ向かう(事前に三越HPから一人パエリア鍋がもらえるクーポン券をプリントアウトしてくれた人がいた)

最寄り駅プラザ・デ・エスパーニャ(Plaza de espana)で降り、徒歩3分位。
地下鉄から階段を上がり歩道に出る感じは日本と同じ。

三越は工事中らしく足場が架かり入りづらい。

折角、行ったのだが、プリントアウトページをもってきてたのは1人だけ?
そういう自分も忘れた。
タダだからたいした事無いと高をくくってたのがまずかった。けっこういい物そう。

目当ての買い物は、フレームのブルーと鮮やかな花柄がかわいらしい陶器製のセアルコの置時計。
二つ購入(24ユーロ)。

けっこう安くて見た目も良いし、これは大好評だった。


  


Posted by たまらん at 17:20Comments(2)スペインレポート

2008年01月30日

スペインレポート13(マドリッド)

マドリッド市内に近づくにつれ、集合住宅の多さが目立つ。
どこかの景色に似ていると記憶をたどる。
ソウルだと思う。




バスは市内の建築物を巡る。
今まで中世の趣を残した街並みにすっかり慣れてしまい、この近代的な建物群に違和感を感じる。


ホテル・ブエルタ・アメリカ・マドリッド
ノーマン・フォスター、ザハ・ハディド、ジャン・ヌーベル、磯崎新ら18組の建築家&デザイナーが
それぞれの空間を自由自在にデザインした、前代未聞のデザイナーズホテル


ブエルタ・アメリカの隣に立つビル集合住宅らしい
最上部がシルクハットを被りメガネをグルッと回したように見える。



ミラドール   積み木的建築で有名なMVRDVの作品。
ミラドールとは、見晴らしが良い という意味。(中央の四角くくり貫かれた部分を指す)

マドリッドでの昼食は、ピンチョス(フランスパンの上にソーゼージやハムなどをのせた一口料理)が有名な店(店名の読み方がわからないがcincoは数字の5)


また生ハムとソーセージ・サラミなどで、ピンチョスというよりも小皿料理を楽しんだという感じ。









中は3層になっていて、2階の上はロフト空間になっていた










唯一のピンチョス



車中、牛丼を頬張る夢を見たため、醤油系の味が恋しくなる。
すべての食事でハムをたいらげてきた。もう喰いたくないなぁ。






  


Posted by たまらん at 10:50Comments(4)スペインレポート

2008年01月29日

スペインレポート12(ブルゴス)

ここでこれまでの、はたらく車を一堂に


     パトカー?(ブルゴス 文化センター裏)             


ゴミ回収車(ブルゴス サンタマリア広場) 
とにかくクルクル廻るように走っていた。愛嬌がある 


     ルノーカングー(ブルゴス 市役所脇)
どこでもよく見た車、シトロエンの似た車種も多かった。空港はこの車ばかり 



   酒配達の車(ブルゴス サンタマリア門裏)
けっこうカッコいい


   酒配達の車(ブルゴス レイサンフェルナンド広場)
はじめて見る日本車。9時から10時の間、とにかく酒屋の車が多かった。 


  軍用車(ブルゴス 大聖堂前)
なぜか大聖堂前に乗りつけて、裏口のようなドアから出入りし、10分くらいでサァーと行ってしまった。
武器でも隠してあるのだろうか?




マドリッドに向かう車中、ブルゴスがあの独裁者フランコの
本拠地であったことを知った。
約70年前(1939年)にスペイン総統になりその後30年間、
この国のトップとし君臨したフランコは、
ヒトラーやムッソリーニと共闘協定を結び、
ヨーロッパでの確固たる地位を確保したとされている。


国営の高速道路(無料)をマドリッドに向かい進むにつれ、重くネズミ色にたちこめた空から淡く光がにじみ、周囲の牧草地帯(麦畑)の、枯葉いろ一色の景色が、にわかに動き出したように、そのトーンの濃淡が少づつ識別できはじめてきた。
しばらくすると、あたりに薄日が射し始め明るくなった時、茶褐色の大地のつち色が剥き出しにされ現れ始めた。
レンガに水分を染み込ませたような色だ。







  


Posted by たまらん at 10:52Comments(6)スペインレポート

2008年01月28日

スペインレポート11(ブルゴス)

丁度、大聖堂(カテドラル)内ではミサが行われていた。

なぜか、手を合わせ一礼する自分に気づき、一瞬目配せすると、同じ事をしてる人がいた。



市役所のあるマヨール広場に向かう。


市役所




オンセ(ONCE)1号店

マヨール広場にある宝くじ売り場。
スペインには公認のくじが3種類ある。
そのうちの一つONCEは盲人協会が運営していて、この販売所が1号店。
そうした方々に仕事の場を提供することが、この国の社会方針であるそうだ。
今では他の身障者の方も加盟できる。

江戸時代の日本にも同じようなものがあったそうで、あんま・鍼灸・琴の先生
びわの先生がそれであるが、明治維新にその制度は崩壊してしまったそうである。



文化センター

文化センターは、1400年代後半の建物で当時のカスティーリャの陸軍大将の御用邸だったそうである。(日本で言えば乃木大将のような人) 
その名をドン・ペドロ・フェルナンデル・ベラスコという(なぜか高橋真梨子の顔がよぎる)

1497年4月23日コロンブスとイザベル女王が顔をあわせたのがここ。(女王はコロンブスの航海の出資者であった)
女王は当時800年間のイスラムの支配にピリオドをうったとされ、スペインの男女同権の創始者であるともされている。


文化センターの外壁に記されたコロンブスがイザベル女王に謁見したとされる碑

その後オペラハウス(今度は新田恵理の声がよぎる?アッあれはオペラグラスか?)・県庁そしてエル・シドの像を廻り、一旦ホテルへ戻りマドリッドへ出発。


  


Posted by たまらん at 12:02Comments(3)スペインレポート

2008年01月27日

スペインレポート10(ブルゴス)

2005/12/7
翌朝徒歩にてスペイン3大ゴシック聖堂の1つとされる(セビリア・トレドとここブルゴス)大聖堂(catedral)へ向かう。

大聖堂手前のアルランソン川に架かる、サンタマリア橋の手前の広場周辺では、幾つかの建物が新築及び改修工事中で、驚いたのは、足場にかけるメッシュシートが、広告看板のように宣伝媒体となっていたことだ。


このメッシュシートは予算の厳しい建築現場の場合工事費を助ける副収入になるのだろうか?
そしてそれは、建築費-宣伝費収入=建築主負担額(減) となるのだろうか?
新たなビジネスチャンスの予感?
完全に遮断されず、透けているところがいい




サンタマリア門手前のアルランソン川沿いは遊歩道となっていて、そこに立ち並ぶプラタナスは、枝別れした先端が他の枝と繋がって、異様な生々しさが漂っている。




サンタマリア門
一番上がキリストを抱くマリア像その下が天使・さらに下の6つの像はブルゴスにゆかりのある6人の英雄。上段中央がカルロス5世その右がレコンキスタの英雄エルシド。
市内にある12の門の中で一番重要とされる。


サンタマリア門をくぐり、レイサンフェルナンド広場に出る。
目の前に壮大なカテドラルが現れるが、カメラに収まらない。
サンティアゴ巡礼の道自体も世界遺産だが、このカテドラルも世界遺産に登録されている。



このカテドラルは約300年かけてつくられた。そのため、ゴシック・ルネッサンス・バロックといった建築様式が取り入れられ、当時の歴史をたどるように優雅さを醸し出してた。

レイサンフェルナンド広場につづくサンタマリア広場の階段を登ると、サンニコラス教会がある。


階段を登りきった先にサンニコラス教会が見える。



その前の通り(フェルナンゴンザレス通り)これが“サンティアゴ巡礼の道“ 
道のあちらこちらで帆立貝の印を見つけることができる。

カテドラルを見学しエルシドの墓に手を合わせた
内部は個室のような部屋が幾つもあり、それぞれが異なる意匠で構成され、300年に亘る時代背景をそのまま表現しているのだ。



様々な顔を持つ大聖堂内部



  


Posted by たまらん at 10:51Comments(3)スペインレポート

2008年01月26日

外まわりびとの昼飯4

腹いっぱいになりすぎの店 一ツ家

ランチセットは定食と麺類の組み合わせ(迷う)


チキンカツ定食とそば(温)のセット 840円
煮物・小鉢・フルーツ・コーヒー付
たまに納豆がつくが、手をつけないと持ち帰らせる。
その他、丼ものと麺類の組み合わせもアリ。

量の多いのが自慢らしく、そばだけでもういいっていう感じ。
食べ切ると、その後の仕事が重くなるので、いつもは、そばを味噌汁に代えてもらっている。

古民家風の店内は、少し暗いが落ち着ける。マンガも多い。

場所は関越道側道ぞい
元島名町 朝日不動産の所の信号を北(高崎インター方向)に入り、すぐ左  


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2008年01月25日

スペインレポート9(ブルゴス)

ブルゴス(BURGOS)に到着。
バスに乗って一息ついたら寝ていたので、何もわからずホテルに入る。
ホテルはコローナ・デ・カスティーリャ(HOTEL CORONA DE CASTILLA)

荷物を置いてすぐ夕食。
ホテルの夕食は、なんといっていいのか一言で云うと、きついかった。




全員に大不評のチーズグラタン?
兎に角しょっぱい。ウエイトレスのおばちゃんが、皆あまりに食がいけてないので、怒り顔で乱暴に皿を下げていた。





鱒のバター焼き?
私は完食でしたが、これも残す人が多かった。とにかく食べてる途中で飽きてしまう。




あまりにもシンプルなデザート。マスターカードのCMみたい。
その上に見えるワインはリオハワイン。

この旅の食事で“ワースト1”でした。但し、パンは“ベスト1”。
まわりが香ばしく少し硬く、中はモチモチの食感があるもので、とても旨かった。

このホテルは、ブルゴス市内の名所にはアクセスがいい。

夕食後、バール(BAR)へ
市内のいたる所にバールがあり、どの店に入るかウロウロしていた。
店の外からのぞき込むと、丁度UEFAチャンピオンズリーグが開催されていて、どの店もかなり盛り上がっていた。
そんな中入った店のテレビには、レアルマドリッドとオリンピアコス(ギリシャ)の試合が映し出され、元ブラジル代表のリバウドが、終了間際に決勝点を挙げ、オリンピアコスが勝利していた。

バールは仲間の数だけの店をハシゴするのがスタンダード。ワリカンなしで誰かのオゴリになるため。


ウイスキーを飲みながら、ふとカウンター内を見ると店の親父がいない。
カサカサと音がするので入り口のほうを見ると、なぜかブラインドを下ろしている。 
店じまいかぁ~どうりで人が少ないと思った。
ハシゴせずにワリカンで、そのままホテルへ向かう。
  


Posted by たまらん at 11:45Comments(4)スペインレポート

2008年01月23日

外まわりびとの昼飯3

食事処 日進第一(伊勢崎) 
蔵造り風なまこ壁の店



この店は、客の年齢層がかなり高い。



牛スタミナ焼ランチ 840円 
小うどんorそば・小鉢・サラダ・フルーツ・コーヒー付

少女漫画と雑誌が少々あるくらいだが、ランチセットの種類は沢山ある。
昔っぽいラーメンも素朴でいい。

伊勢崎市役所の西にある上泉交差点を南に入り、新栄町信号をすぎてすぐ左。  


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2008年01月22日

スペインレポート8(サント・ドミンゴ・カルサーダ)

大聖堂(カテドラル)は、バロックとロマネスク様式が混在しスペインのパティオの原型とされている回廊形式で、中心にある中庭は神聖な空間とされ瞑想などを行う場所であった。井戸もある。
回廊を歩き、出口の通路に差し掛かる前の角で足を止めた。
そこに一際リアルな像が建っている。
体のあちこちから血を流し、大きく見開いた目が印象的な木像は、聖人セバスティアンであった。
俗に言われるのは“ホモ”の神様。
また日本に縁のある神様だという。かの三島由紀夫がセバスティアンをある画集で見たことにより、自らがそちらの世界の人間だと確信できたそうだ。
それは彼の自伝とも、また遺書のつもりで書いたとも云われる”仮面の告白“に書かれているとの事。


夕闇近い青空に浮かぶ大聖堂。



サント・ドミンゴ・カルサーダの街並。村の入り口よりも内部のほうが道が広い

広場はお祭りの賑わい。
お祭りの出店は比較的細い丸太で組まれ、麻のような布を被せてある簡単なものだが、小さな村の祭りの雰囲気を よりカントリーなものへと感じさせる重要なアイテムであった。


出店で行われていた昔の鍛冶屋の実演。映画の1シーンのよう

広場の隅に試食をさせてくれるチョコレート屋があったので、迷わず試食。
そうするとデパ地下ヨロシク何かウンチクを話しているが、よくわからない。
ただナッツがどうのこうのと言うのだけは解ったのでそれを買った。
(ナッツ入の板チョコで4ユーロもした)


出店で買った板チョコとメイド風ねぇさんの所の素焼きのスープカップ(甘さ抑え目ですこし苦くてうまい大人の味)

また、シスター風のおばあちゃんたちの店の焼き栗も旨かったが、最後に立ち寄ったスープの店が一番印象に残った。
人懐っこい笑顔のフリフリメイド風衣装のおねえさんに見つめられ、するすると店先まで引寄せられた。
カウンターに素焼きのカップが並べられ、その真ん中にプーさんのはちみつピッチャーのような大き目の入れ物があったので、てっきりそれから注がれるのかと思ったら、スープは下の鍋からすくわれ、カップ8分目位まで注がれた。
と思いきや、彼女はウインクをし、そこから更に何か呟きながら、一本指を立て、カップ一杯になるまで注いだ。
どうもサービスしてくれたらしい。グラシアス

後ろ髪を惹かれる思いでお祭りを後にし、バスへ向かう。
  


Posted by たまらん at 11:55Comments(0)スペインレポート

2008年01月21日

外まわりびとの昼飯2

よく行く店 おふぃさーす(藤岡)
とにかく安い



日替わりランチ以外をオーダーする人はゼロ。



日替わりランチ(1種類のみ)580円・スープ(味噌汁)・コーヒーつき
半ライスの場合550円
今日はロールキャベツ・カレーコロッケ・揚げ餃子・ロースハム・切干大根でした。
私の場合、ロールキャベツがでると、大当たり。
漫画も多く、店内が少し暗めなため落ち着けるのか、長居する人が多いと感じます。

看板が目立たないので、わかりづらいかも、リセロ藤岡の向かい。

国道254バイパスの本郷交差点を藤の丘トンネル方向に進み、すぐ左側(おにし堂隣)
定休日.日・祝祭日かな?

人には教えたくないけど、まぁいっか というお店があれば、情報ちょうだいね  


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2008年01月19日

スペインレポート7(サント・ドミンゴ・カルサーダ)

サント・ドミンゴ・デ・カルサーダはその名の通り、聖ドミンゴが巡礼者のための道を整備し、病院・宿泊所などを造ったのが由来で、その道は石畳(カルサーダ)で造られている。
ここも、キリスト教三大聖地である“サンティアゴ・デ・コンポステーラ”への巡礼の道の中継地。(フランスルート)

バスを降り、狭い石畳の道を入ってゆく。




小さな広場があり、たまたま街のお祭りが開かれていた。(とても得をした気分)
今日はスペインの憲法記念日で祝日だとか。


お祭りで賑わう人々を尻目に、大聖堂(カテドラル)を先に見学。
聖ドミンゴの墓(埋葬されている場所)のすぐ脇の上部につがいの鶏が飼われている。
その意味をガイドのミキタさんが丁寧に話してくれた。
14世紀初頭、巡礼中に立ち寄ったドイツ.ケルンの一家(夫婦+息子)の息子があまりにもイケメン
であったため、宿泊所の女中が一目惚れし、すぐに求愛した。しかし巡礼中のためそれは断られた。
逆恨みをした女中は、その息子の荷物の中に銀のコップを紛れ込ませ、盗みの罪をきせた。
(当時窃盗は死刑)そのため無実の息子は処刑されてしまった。
両親は悲しみの中ドミンゴを後にし、聖地サンティアゴ・デ・コンポステーラへと旅立った。
帰りに再びドミンゴに立ち寄ると、まだ息子は吊るされたままで放置されていた。
再び悲しみが沸き起こる中、信じられないことが起こった。なんと、息子が「まだ僕は生きています」
と喋ったのだ。よく見ると吊首の息子の足を抱え支えているドミンゴの姿があったという。
両親は息子はまだ生きていると訴え、無実だと裁判所に掛け合うが聞いてもらえず、たまたま食事
中であったため、テーブル上のローストチキンに例え、息子が生きているということはこの皿の上の鶏が生きているということと同じことだと云い叫んだ。その瞬間、なんと鶏が生き返った。という伝説から、2羽の鶏が飼われているそうです。(大聖堂内は撮影禁止)

街は小さいながらも、中世の趣を残し、道も建物も石ばかり。
何気なく置かれていた牽引用リアカーもシンプルでどこか凛々しい。



カルサーダに記された巡礼の道の印(帆立貝のマーク)

  


Posted by たまらん at 12:22Comments(2)スペインレポート

2008年01月18日

外まわりびとの昼飯

カフェレストラン パルミエ

基本的にランチは、安くてボリュームがあって、飲み物がついて800円台までの店に入る。。
それから、少ない時間だけど落ち着ける店がいいと思う。
パルミエは、そんなのを満たしてる店かなぁ。
日替わりランチ(1種類のみ)840円・サラダ・スープ(味噌汁)・飲み物つき


サラダはけっこう量があります。



チーズハンバーグと、つけ合わせにミニカレーコロッケといんげん


米が旨く、つけ合わせが絶妙。

マンガ・雑誌などは少ししかありませんが、落ち着けて、目立たない場所です。
但し、自動車ディーラーらしきの人をよく見かけるので、取引関係があって気を使うのが嫌な人には、おすすめにはならないかもしれません。

場所は、高前バイパス小八木町信号を東(井野方向)に入り、マルエドラッグの所の交差点を北に、すぐのふたまたを左、すぐ左(居座古座の裏)

外回りが多い人は、ランチの立ち寄り先が決まってくるのが、常かぁ(コンビニでいっかぁとか)
また、社名の看板を背負って走っている方は、目立つ所でランチしたくない、という気持ちも無きにしも非ず?
もし、人には教えたくないけど、まぁいっか というお店があれば、教えてちょうだい。  


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2008年01月17日

スペインレポート6(リオハ)

リオハで昼食(pm2:00すぎ)。スペインのランチタイムはpm2:00~4:00頃。
最初に行ったガソリンスタンド隣のレストランが満席だったため、道路向かいのホテルを兼ねたレストランへ。










こちらは空いていたが、先ほどの店よりも格調高い感じがする。(ヴィラ・デ・ラガーディア)
地元のメジャーな料理というリクエストによりイベリコ豚の最高級生ハム(黒豚にどんぐりを与えその後ろ足だけで造られたもの、いわゆるハモンイベリコベジョータ)と豆のトマト煮込みが出された。













ウエイトレスの女性が豆を配膳してくれるのだが、これがまた適当で、人によって豆とスープの
量がまちまち。画像はマメが多い方かな。
旅のご一行様内で不平不満が飛び交う。パンは食べきるとどんどん皿に乗せられ、豆がメインディッシュと勘違いした私は、おかわりにも応じてしまい、後から出されたステーキをやっとたいらげた始末。
今回の旅で、生ハムは何度も食したが、ここでのものが一番旨かった。
かなり満足。
次の目的地サント・ドミンゴ・カルサーダへ。



サント・ドミンゴ・デ・カルサーダへ向かう途中、高速道路を走るバスの車窓からは、気の遠くなるほど広大なぶどう畑(枝が剪定されている)が、遥か地平線までも続いている。




これほど広大ではないが、養蚕が盛んだった子供の頃に、よく見た桑畑を想う脳裏と車窓が重なる。

  


Posted by たまらん at 11:38Comments(0)スペインレポート

2008年01月16日

おそい初詣

榛名神社に少し遅い初詣。

いつ来ても、この凛とした空気に心があらわれる思いがします。

毎年、1月15日は筒粥神事(つつがゆしんじ)という行事(1年の農作物の豊凶作が占われる)が行われ、その占われた小豆の入った初粥が食べられます。
塩をひとつまみかけて、頂いてきました。





以前隣り合わせた氏子らしき方に、このお粥を食べると無病息災にあやかることができると、聞きましたので、なるべく15日に行っていたのですが、成人の日が変わってしまい、毎年この日に参拝に行くことができなくなりましたが、今年は行けてしまいました。もちろん合格祈願もしっかりして来ました。

帰りに水屋の所の矢立ての杉を見上げると、ハナミズキの歌詞のように、空を思いっきり持ち上げていました。  


Posted by たまらん at 12:03Comments(2)好きな場所

2008年01月15日

アイスに祈り



星ピノが出ました。



今年は子供がダブル受験なので、
思わず、アイスに向かって手を合わせてしまいました。
この際、拝めるものは何でも拝んでしまえという、
せっぱ詰まった感が、勝手に手を動かします。  


Posted by たまらん at 17:46Comments(2)ひとりごと

2008年01月14日





画像を見るとあら不思議。




下の雲が、馬の跳ねる姿に見えたのですが、

ひこうき雲が2本写ってる?







実は室内の蛍光灯が窓ガラスに反射して
写ったものでした。
チャンチャン!  


Posted by たまらん at 11:25Comments(6)不思議なもの

2008年01月13日

スペインレポート5(リオハ)

ビルバオを後にし、バスの向かった先は、
リオハ(Rioja)イシオス(Ysios)ワイナリー。
リオハ自治州リオハ県にあり、人口5300人、海抜639m。


リオハへ向かう途中、突然周囲の山肌が変化してきた。それまでは木々に包まれたものであったが、突如として岩がゴツゴツとむき出しに現れてきた。






地元群馬の奇勝“妙義山”を思い浮べる。






目的の地、イシオスワイナリーは遠くからも目を引く、“ぶどう畑に浮ぶ巨大な波状宇宙船”といった感じ。
(アルミ製の板金屋根)











スペインの建築家サンティアゴ・カラトラバとラファエロ・モネオの共同設計。
(またもやカラトラバ、恐るべし)1998年竣工。













近くで見るとこんな感じ。








パイン系の積層材をねじったような並べ方で、変形した屋根を組み、天井はそのまま現し。積層材間はラーチのような化粧合板仕上げ。




弧を描くように並べられたワイン樽は、アメリカ製40%・フランス製60%。
どちらも樫の木でつくられ、樽1個の価格は、アメリカ製が300ユーロ・フランス製が500ユーロ。
(1ユーロ=約140円)
樽の真ん中が帯のようにツートンカラーになっている。赤ワインの赤紫色が染み出したものだ。



イシオスワイナリーで造られるワインの80%が赤ワインで、レセルバ(RESARVA)という種類にこだわりを持っている。
一般的にレセルバは3年以上熟成(内樽で1年)させた種類で、ここでは、室温12〜15℃・湿度80%に室内は保たれている。また、製造の際、樽の中での熟成に14〜18ヶ月・その後タンクに移し変え不純物を沈殿させ、上澄みからびビンに注ぎ、2年熟成させる工程をとっている。
ここは、樽1300個を用い製造しているが、リオハのワイナリーの中では小規模の方で、案内役の女の子によると、少量の高品質ワインを造るのが“イシオススタイル“だとか。











ゲストルームで試飲ができたが、そちらに夢中になってしまい、1本しか画像を残せなかった。
肝心の赤ワイン レセルバは飲みやすく渋みの少ない味だった。


  


Posted by たまらん at 11:55Comments(4)スペインレポート

2008年01月12日

スペインレポート4(ビルバオ)

そしていよいよグッケンハイム美術館へ







ネルビオン川岸からの
グッケンハイム美術館
 
フランク・O・ゲイリー設計


工業中心のビルバオの街が衰退し誰もが手をこまねいていた。
様々な再興へのアプローチがある中、商業的な選択でなく、文化を中心とした再開発プロジェクトが組まれ、その中心として、このグッケンハイムが建てられた。
現在でも2匹目・3匹目のドジョウを狙い、さらなる文化プロジェクトが行われている。



                             

                           














植物と花でかたどられた
ねこの背中
エントランスへと続く広場に立つ



大雨の中ようやくエントランスにたどり着き入館。


最初に目に入ったのが、マトリックスのように文字が流れる電光表示のアート。目が回る。
展示物は20世紀のポップアートが中心のようだったが、その中に、フランク・ロイド・ライトの落水荘(Falling Water)の模型があった。
見た事のある作品を見つけるのは、棒アイスの当りが出た時のように嬉しいものです。
                             
また、なぜか自由が丘の踏切周辺を撮った写真が展示してあった。整然とし、無駄な物がないというビルバオ市内の印象とは対照的に、サラ金やパチンコ等の看板が乱立し、中でも飲み物の自販機が景観を崩している元凶だと感じた。
                             
こうして遠くから日本を見て初めて気づく違和感は、故郷として大目に見ても、ひどく情けないものだった。
当たり前すぎて感じ取る事のできなった、大切な感覚をビルバオに来た事により、より客観的に捉えられたのは収穫だと思う。
                             
しかし、あのフォトグラフィーは何を訴えていたのだろうか?
                             
日本に来たことのない外国人は、グズグズでガチャガチャの日本をイメージせざるを得ないだろう。  

ところで、ビルバオを訪れる大きな目的であったグッケンハイムは、度肝を抜かれる外観よりも、内部空間がとても心地よく、印象に残った。
チタン製の外装が鋭利でもあり、異常なほどのフォルムは、ノッペリとし魚の鱗のようで、また、ハリボテってる感じであるのに対し、内部のその曲線は、シルクのように優しく、なんとなく穏やかな空気に包まれている自分を感じていたからだ。
                             
内部は撮影不可のため、手荷物を指定されたロッカーに預けさせられるなど、チェックは厳重。
そのため画像を残せなかったのが、ちょっと残念。









グッケンハイム美術館のエントランス下を通り抜ける路面電車の線路



ビルバオのもう一つの顔は、キリスト教三大聖地である“サンティアゴ・デ・コンポステーラ”への巡礼の道(海岸ルート)の中継地であったこと。しかし当時の中心地(旧市街地)は車窓から眺めただけで、大聖堂さえ見ることができなかった。

またちょっと変わっているのが、ビルバオの国鉄駅(国鉄=レンフェ/アバンド駅)は駅舎が2つに分かれていて、北に向かう駅と南に向かう駅とは、その駅舎が異なっている。日本では考えられないことだ。  


Posted by たまらん at 17:32Comments(4)スペインレポート

2008年01月11日

スペインレポート3(ビルバオ)

バスは街を巡りながら、目指すはグッケンハイム。



まず、ネルビオン川の対岸に渡り全景を臨む。その後、左岸の路面電車の線路沿いから
川に架かるカラトラバ橋と呼ばれる、ズビズリ(Zubi-Zuri)橋へ。
設計は“橋の巨匠といわれるサンティアゴ・カラトラバ”。ビルバオ空港も彼による設計。






サンティアゴ・カラトラバ
2005年、AIA(アメリカ建築家協会)の
ゴールドメダルを受賞。
アテネオリンピックのヴェロドロームの
設計も手掛けた。


橋は、不健康な人のねじれた背骨が更に湾曲したようなデザインで、下から見上げると恐竜の骨格見本のように見える。
Zubi‐Zuriはバスク語で“白い橋”という意味









この橋を中心とした川沿いの両岸約2kmは、3年ほど前に整備され、遊歩道から見る景色は、整然とし無駄がない、という印象。







橋の床も半透明で、有機物のように感じる。







橋が延長されるようで、たもとから防護柵を挟んで白いレールのような骨組みだけできていた。
その先にある工事中のビル(集合住宅+商業施設)が磯崎新設計。







フェンスの向こうに白いレールの様に伸びるのが、延長される橋の鉄骨。





2つのビル間の広場に、直接橋からアクセスさせ、完成時にはこのウリビタルテ(uribitarte)地区
がビルバオの顔となるそうだ。22階建・高さ82M・クリスタル状のツインタワー。  


Posted by たまらん at 12:18Comments(2)スペインレポート

2008年01月10日

ひみつ基地


大きいのやら、小さいのやら山になってました。
子供の頃、近所の空き地のような資材置き場に転がってた土管。
(ほんとは土管とはいわないみたいです)
自然に縄張りができて、自分達の場所が決まってた。こんな大きいのより、少し狭い位のほうが、ひみつ感がでていいんですが。
確か、ダンボールで囲ってライダースナックみたいなお菓子をひとつずつ順番に食べたり、なぜかわからないけど、その中で線香花火をした記憶があります。なつかしいなぁ〜  


Posted by たまらん at 13:21Comments(4)ひとりごと